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岡山地方裁判所 平成9年(ワ)120号 判決 1998年7月27日

甲事件原告(以下「原告」という。)

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

松島幸三

乙事件原告(以下「原告」という。)

甲田一郎

丙事件原告(以下「原告」という。)

甲山次郎

右両名訴訟代理人弁護士

黒田彬

甲事件被告(以下「被告」という。)

岡山県農業共済組合連合会

右代表者理事

竹竝堅

乙事件被告(以下「被告」という。)

東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

五十嵐庸晏

丙事件被告(以下「被告」という。)

津山市農業協同組合

右代表者代表理事

矢野公史

右三名訴訟代理人弁護士

和田朝治

宮崎健一

田中登

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(甲事件)

一  請求の趣旨

1 被告岡山県農業共済組合連合会は原告甲野太郎に対し、金二一六八万六〇〇〇円及びこれに対する平成八年一〇月二二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告岡山県農業共済組合連合会の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告甲野太郎の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告甲野太郎の負担とする。

(乙事件)

一  請求の趣旨

1 被告東京海上火災保険株式会社は原告甲田一郎に対し、金七五五万円を支払え。

2 訴訟費用は被告東京海上火災保険株式会社の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告甲田一郎の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告甲田一郎の負担とする。

(丙事件)

一  請求の趣旨

1 被告津山市農業協同組合は原告甲山次郎に対し、金一五〇〇万円を支払え。

2 訴訟費用は被告津山市農業協同組合の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告甲山次郎の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告甲山次郎の負担とする。

第二  当事者の主張

(甲事件)

一  請求原因

1 被告岡山県農業共済組合連合会(以下「被告岡山県農業共済連」という。)は農業災害補償法に基づき、その会員たる農業共済組合及び市町村が行う共済事業によって、その組合員又は共済事業を行う市町村との間に当該共済事業にかかる共済関係の存する者に対して負う共済責任を相互に保険することを目的とする法人である。

2 原告甲野太郎(以下「原告甲野」という。)は、平成六年三月一五日、被告岡山県農業共済連との間に、次の約定で建物共済契約を締結した。

(一) 共済の種類 建物火災共済

(二) 共済の目的 別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)及び本件建物収容家財

(三) 共済金額

(1) 本件建物 二二〇〇万円

(2) 本件建物収容家財 八〇〇万円

(四) 共済掛金 毎年三万三九〇〇円

(五) 共済責任期間 平成六年三月三一日午後四時から平成七年三月三一日午後四時まで

3 本件建物及び本件建物収容家財は、平成六年一〇月一〇日、火災により焼失した(以下「本件火災」という。)。

4 消失時の本件建物の価格は一三六一万六〇〇〇円を下らず、また本件建物収容家財の価格は八〇七万円を下らない。

5 よって、原告甲野は、被告岡山県農業共済連に対し、建物共済契約に基づき、右焼失損害合計二一六八万六〇〇〇円及びこれに対する履行期後である平成八年一〇月二二日(甲事件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1ないし3は認める。

2 同4は知らない。

三  抗弁(免責の抗弁)

1 約款

被告岡山県農業共済連の建物共済契約の約款第二条には次の規定がある。

「この組合は、次に掲げる事由によって生じた損害に対しては、共済金(損害共済金、残存物取片付け費用共済金、地震火災費用共済金、特別費用共済金及び損害防止費用共済金をいいます。以下同様とします。)を支払いません。

(1) 加入者又はその者の法定代理人(加入者が法人であるときは、その理事、取締役又は法人の業務を執行するその他の機関)の故意若しくは重大な過失又は法令違反

((2)以下略)」

2 原告甲野の故意若しくは重大な過失

以下の事実に照らせば、原告甲野の共済金取得の意思は強固であり、原告甲野が共済金取得を目的として故意に本件建物の火災事故を生じさせたものか、そうでないとしても、本件建物の焼失原因を作るについて重大な過失のあったことは明らかである。

(一) 本件火災の発生状況

原告甲野の説明によれば、外出数分前に点火した仏壇のローソク(直径が親指位の太さ)四本を消した記憶がないから、その火が何かに燃え移って本件火災が発生したことになるものと推察される。しかし、太くて長いローソクを四本も点火したまま外出すれば、時間の経過とともにその火が何かに燃え移り燃焼することは必至であり、そのこと自体前記約款所定の重過失に該当するものというべきである。

(二) 原告甲野の火災歴

原告甲野は、平成元年八月二七日にも今回とほぼ同様の状況(仏壇のローソクの火の不始末という申告内容)で火災を発生させ、被告岡山県農業共済連から三一五一万二〇〇〇円の、被告津山市農業協同組合(以下「被告津山市農協」という。)から三〇〇〇万円の、日本火災海上保険株式会社から一五〇〇万円の各共済金ないし保険金の支払を受けている。

火災は人生で何度もあるような出来事ではないし、一旦火災を発生させた者は、以後その苦痛や被害からくる恐怖心から火災の発生には注意深くなるはずである。ところが、原告甲野が五年の間に同様の態様で火災を発生させたことは怠慢といわざるを得ず、今回は二度目の火災であり、通常であれば、単なる偶然とは考えられず、後記の原告甲野の家庭状況、付保経緯、負債状況等を併せ考えると、火災が発生し、原告甲野が本訴で主張している共済金や保険金が支払われるならばその経済的窮状が一挙に解決できることは明白であり、原告甲野に火災の発生を歓迎する気持ちの存在したこと、すなわち、本件火災が故意によるものであることの疑いが濃厚であるが、仮にそうでないとしても、少なくとも本件火災は原告甲野の重大な過失によるものというべきである。

(三) 原告甲野の職業等

新聞報道によると、原告甲野の職業は工芸品販売業ということであるが、店舗を構えているのかどうかも判然としないし、逮捕歴もあるようであり、今回の火災についても、同原告が被告らの窓口担当者に対し強力な共済金ないし保険金の支払申出をした経緯がある。

(四) 原告甲野及び原告甲田の建物共済加入経緯

原告甲野は、本件火災発生の約一か月前の平成六年九月九日、突然自ら被告津山市農協の火災共済に加入したい旨申し出て、わざわざ出資金を支払い同被告の準組合員の資格を得て加入手続をしており、この点は不自然といわざるを得ない。

原告甲野の娘婿であった原告甲田一郎(当時「甲野」姓。以下「原告甲田」という。)は、後記のとおり、平成五年に本件建物収容家財一式について被告東京海上火災保険株式会社(以下「被告東京海上」という。)の保険に加入し、その継続ということで平成六年九月二七日に一〇〇〇万円の保険に加入している。新聞報道によれば、同被告は本件建物に引っ越したというのであるが、何時それが決まったものか疑問である。

(五) 原告甲野の負債状況

原告甲野は、本件火災発生当時、次のとおり多額の負債をかかえていた。

(1) 前回の罹災建物及び本件建物並びにその敷地の登記簿謄本の記載等から判明する事項

前回罹災建物の損害評価額は二四一七万六〇〇〇円、本件建物の建築費用は一五〇〇万円(原告甲野の調査会社社員に対する説明)であるところ、前記(二)のとおり、原告甲野は、前回の火災により合計七六五一万二〇〇〇円の共済金ないし保険金を受領していながら、津山市から住宅新築資金貸付契約の名目で融資を受け、本件建物に債権額六二〇万円の抵当権を設定している。また、前回の罹災建物については、次の登記が経由されていた。

① 昭和六二年一月八日受付

債権者・株式会社オリエントファイナンス

原因・昭和六二年一月六日・岡山地方裁判所津山支部強制競売開始決定

昭和六二年一月二三日取下

② 昭和六二年九月九日受付

債権者・河内孝行

原因・昭和六二年九月八日・岡山地方裁判所津山支部強制競売開始決定

昭和六二年一一月一六日取下

③ 昭和六三年一一月四日受付

債権者・株式会社オリエントファイナンス

原因・昭和六三年一一月一日・岡山地方裁判所津山支部強制競売開始決定

④ 平成元年四月二〇日受付

債権者・岡山県信用保証協会

原因・平成元年四月一九日・岡山地方裁判所仮差押決定

⑤ 根抵当権設定登記(昭和六三年二月一日設定)

極度額  金一三〇〇万円

債務者  原告甲野

根抵当権者  国民金融公庫

⑥ 根抵当権設定登記(平成元年三月三〇日設定)

極度額  金一〇〇〇万円

債務者  原告甲野

根抵当権者  ○○

以上のとおり、①・②の強制競売申立は前回の罹災前に取り下げられているが、③の強制競売申立は前回の罹災後取り下げられている。前回の罹災にかかる保険金等で弁済されたものと推認される。しかし、④ないし⑥の登記は前回の罹災後も抹消されずに残っていた。

(2) 手形不渡り

原告甲野は、平成六年一月から一二月までの間各月とも多数の手形・小切手の決済に迫られており、同年九月頃、額面一五〇万円、支払期日同年一二月の約束手形を振り出していたが、右手形は不渡りとなっている。

(3) 原告甲山次郎(以下「原告甲山」という。)に対する負債

原告甲山は、後記のとおり、原告甲野に対し貸金債権を有している旨主張している。

(4) 消費者金融業者に対する負債

原告甲野は、本件火災当時、アコム株式会社津山支店に対し三九万一七九〇円、株式会社マルフク津山営業所に対し一八万円、モハン信販に対し二万三四〇〇円、日本信販津山支店に対し二八万円の各債務を負担していた。

(5) まとめ

以上によれば、原告甲野の収入は判然としないが、原告甲野は本件火災前二〇〇〇万円以上の多額の負債を抱えていたものと考えられる。

四  抗弁に対する認否

被告岡山県農業共済連の主張は争う。

被告岡山県農業共済連は、原告甲野が多額の負債を抱えて生活に困っていたことから原告甲野の共済金取得の意思が強固であった旨主張する。しかし、原告甲野は債権者の一部から返済の猶予を得ており、また、刑事事件に伴う負債の返済は事実上完了していたともいえる。したがって、仮に被告岡山県農業共済連主張の事実があったとしても、原告甲野の故意若しくは重過失を基礎づけるものとはいえない。

そもそも、本件火災の出火場所や出火原因は特定されていないのであり、ローソクの火の不始末が出火原因であると断定することはできない。原告甲野は、本件火災直後に、消防署員の事情聴取に対し、ローソクの火の消し忘れが出火原因であるかのように供述しているが、それは、出火原因として自分に関係のある事柄を述べたにとどまり、真実ローソクの火を消し忘れたと記憶していたわけではない。原告甲野としては外出に際してローソクの火を消したと思っていたが、消防署員からローソクの火が原因ではないかと聴かれて、火が出るのなら自分の不始末が原因ではないかと思い、その旨述べたにすぎない。

本件において、原告甲野の故意若しくは重過失を基礎づける事実は何ら立証されていない。

(乙事件)

一  請求原因

1 被告東京海上は、損害保険を業とする会社である。

2 原告甲田は、平成六年九月二七日、被告東京海上との間に、次の約定で火災保険契約を締結した。

(一) 保険の目的 本件建物収容家財一式

(二) 保険金額 一〇〇〇万円

(三) 保険期間 平成六年九月二七日午後四時から平成七年九月二七日午後四時まで

3 原告甲田は、平成六年一〇月一〇日、本件建物収容家財一式を本件火災により焼失した。

4 本件建物収容家財一式の焼失時の価格は八〇七万円を下らない。

5 よって、原告甲田は、被告東京海上に対し、火災保険契約に基づき、右焼失損害のうち七五五万円の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1、2は認める。

2 同3のうち、平成六年一〇月一〇日本件火災が発生したことは認めるが、その余は知らない。

3 同4は否認する。

三  抗弁(択一的主張)

1 消滅時効

本件火災発生の日から起算して二年が経過した(商法六六三条)。

被告東京海上は右消滅時効を援用する。

2 免責

(一) 故意もしくは重大な過失による事故招致を理由とする免責

(1) 約款の規定等

被告東京海上と原告甲田との間の火災保険契約の約款第二条には、前記甲事件抗弁1と同旨の規定がある。

そして、保険や共済の契約者の家族、機関等保険(共済)契約者又は被保険者(被共済者)に代わって保険(共済)の目的物を事実上管理する地位にある者は、保険(共済)契約者又は被保険者(被共済者)と同視すべきものと解されている。

これは、火災を故意若しくは重大な過失で発生させた者と一体として同視できる者を、単に人格が異なるという理由だけで保護し、保険金の支払を命じることが、被害者保護の観点からも行き過ぎであり、副次的にはモラルリスク排除の支障となるためである。

(2) 原告甲田の故意による事故招致(原告甲田と原告甲野の通謀を理由とする共同不法行為)

本件建物の所有者である原告甲野について前記甲事件の抗弁2(一)ないし(五)の事実があるほか、原告甲田についても次の事実があり、本件火災事故の発生について原告甲田に原告甲野との間に通謀のあることは明らかであって、これは両原告の共同不法行為を構成する。

① 原告の甲田は原告甲野の長女甲野花子と数年間内縁関係にあった後平成六年六月一日婚姻届を了したものであり、この間、本件建物で同女と同居していたが、本件火災発生直前の同年九月二一日頃、岡山県津山市小田中<番地略>所在の寿マンションに花子及び同女と同女の前夫との間の子哲也と共に転居している。原告甲田は、その後同月二七日、従前の火災保険契約を継続しているが、被告東京海上に対して右転居の事実を告知していないし、家財道具を残したまま転居するというのも不自然である。

仮に家財道具を新居に搬出済みであったならば、原告甲田の損害はないということになるし、搬出未了であったならば、原告甲野は、保険契約者の原告甲田に代わって保険の目的物である家財道具を事実上管理していたことになる。

② 原告甲田は、これといった収入源がなく、むしろ借財をかかえていた。

(3) 原告甲田と原告甲野の一体性

仮に右共謀が認められないとしても、以下のとおり、原告甲田と原告甲野との間には、本件火災当時においても、身分的にも経済的にも一体性は維持されていたものというべきであるから、被告甲野は、被告東京海上の保険契約者である原告甲田に代わって保険の目的物である家財を事実上管理していたことになり、前記のとおり、原告甲野には故意若しくは重大な過失があるから、被告東京海上には原告甲田に対する保険金支払義務はない。

① 原告甲田は、原告甲野の娘婿(養子)である。両原告は、本件火災発生日の数日前まで同居していた旨主張している。

② 原告甲田は、平成六年六月一日、甲野花子と婚姻し、本件火災後の平成八年四月一日に離婚している。

しかし、原告甲田は、火災後直ちに離婚しているわけでもないし、甲野花子の協力を得て、現住所の岡山県津山市総社に公営住宅を借りて住んでいる旨説明している。

③ 原告甲田と原告甲野は、互いに大きな年齢差がなく仲も悪かった、しっくりこなかったと説明するが、両者の間に具体的にどのような破綻的な出来事や確執があったのか述べないし、両原告は甲野花子との離婚後の平成九年三月まで同居を続けている。

④ 本件火災当日も、原告甲野夫妻は、原告甲田の家で孫の転校と原告甲田の転居を兼ねての祝いということで歓待を受けているのであって、両原告の別居の必然性に乏しく、離婚は仮装ではないかとの疑いも強く残るところである。

⑤ 保険の対象(目的物)が新居に移転していたのであれば、その届出をしないと保険金の請求ができないことは約款規定のとおりである。要するに、保険金の請求をして家財の罹災を主張しながら、生活の本拠(住所)の移転を主張することには矛盾があるといわねばならない。

⑥ 原告甲田は、松山市に居住していた当時、約四〇〇〇万円の負債を抱え、広島市、米子市、津山市と移転し、前妻とも離婚して債権者の追及から逃避してきたことは否定できない。また、原告甲田が甲野花子と婚姻する直前に松山市から大阪市に移転予定の届出をしていることは不可解であるし、その後の津山市内での頻繁な住所移転についても納得のできる説明はなされていない。

⑦ 原告甲田は、布団の訪問販売、健康水の販売や冠婚葬祭会社の営業代理店の仕事をしていたというが、これらの仕事は、一般に一攫千金的というか、浮動的な経済変動による要因が大であり、その点は原告甲野の美術品の行商(訪問販売)の仕事も同様であって、安定した収入源とはいえない。

原告甲田は、本件火災後本件火災保険のみならず、所得補償保険や自動車保険の保険料も支払えなくなっていることからすると、経済的に困窮していたことは明らかであるし、本件火災保険の更新手続をした平成六年九月末頃には転居予定は確定していたはずであるが、被告東京海上の代理店には全く告知していない。

⑧ 原告甲田は、本件火災後興亜火災海上保険株式会杜の研修生や代理店になっているのであり、被告東京海上との火災保険契約締結のきっかけが原告甲田の方から電話をかけてきて、加入に積極的であった点にも照らすと、火災保険についての関心が従前からあったと推認するのが相当である。

⑨ 原告甲田は子供が小学校でイジメにあったため、転校する必要があり、平成六年一〇月一〇日の小学校の運動会が終了してから転校の予定であったというが、子供がイジメにあっていたとの事実は認め難いし、二学期の中途で転校する必要性があったのか大いに疑問である。

本件火災当日には未だ引っ越しは完了しておらず、本件建物での同居の実態は継続していたものというべきである。

(二) 保険金請求書類の不提出・不実表示による免責

(1) 約款の規定

本件保険契約の保険の種類は住宅総合保険であるが、同保険普通保険契約約款第二四条には次の規定がある。

第一項 保険契約者または被保険者は、保険の目的について損害が生じたことを知ったときは、これを当会社に遅滞なく通知し、かつ損害見積書に当会社の要求するその他の書類を添えて、損害の発生を通知した日から三〇日以内に当会社に提出しなければなりません。

第四項 保険契約者または被保険者が正当な理由がないのに第一項または第二項の規定に違反したときまたは提出書類につき知っている事実を表示せずもしくは不実の表示をしたときは、当会社は、保険金を支払いません。

(2) 原告甲田の約款違反

① 原告甲田は、平成六年一〇月二四日、被告東京海上に対し、本件火災を通知したものの、保険金請求書や損害見積書を提出しなかった。

② 被告東京海上は、本件火災について調査した結果、モラルリスク事案と判断し、原告甲田に対し、平成七年四月一五日到達の内容証明郵便で、本件保険金は裁判所の支払を是とする判決がない限り、支払えない旨通知した。

③ また、被告東京海上は、右通知書の中で、原告甲田からまだ保険金の支払請求書類を受領していないこと、請求書類が必要であれば連絡すべきこと、仮に請求書類の提出があっても、前記判決がない限り、支払えない旨明記した。

④ 然るに、被告東京海上が原告甲田の代理人弁護士佐々木斉から右請求書類を送付してほしい旨の連絡を受けたのは平成七年六月六日であり、同弁護士を通じて原告甲田作成の同年八月二日付保険金請求書及び日付不詳損害見積書の提出を受けたのは同年九月一二日である。したがって、原告甲田が正当な理由なく前記約款第二四条一項の規定に違反していることは明らかである。

⑤ 被告東京海上の代理人弁護士宮崎健一は、平成七年六月、佐々木斉弁護士から連絡を受けた段階で、原告甲田に対し、保険金を支払えない理由を説明している。

⑥ 原告甲田の提出した保険金請求書の請求額は一〇〇〇万円であり、損害見積書の合計額は一三〇〇万円である。しかし、保険金請求書と同日付で消防署に届出された火災損害届の金額は七五五万円である。したがって、原告甲田が提出書類に不実の表示をしたことは明らかである。

⑦ よって、被告東京海上は、前記約款第二四条第一項及び第四項違反により、原告甲田に対する保険金支払義務を負わない。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1は認める。

2 抗弁2の免責主張は争う。

五  再抗弁(抗弁1に対し、債務の承認)

原告甲田は、被告東京海上から、本件建物火災の原因、損害状況を目下調査中につき、保険金支払義務の有無は、調査完了後に決定される旨告知されていたが、右告知は時効中断事由としての債務の承認(民法一四七条三号)に該当する。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実のうち、被告東京海上が原告甲田主張の告知をしたことは認めるが、右告知が時効中断事由としての債務の承認(民法一四七条三号)に該当するとの主張は争う。

被告東京海上は、原告甲田に対し、平成七年四月一五日到達の内容証明郵便で本件保険金は裁判で敗訴しない限り支払えない旨通知した。

原告甲田の保険金請求は約款所定の方式に従ったものではなく、この場合、火災保険金支払請求権の消滅時効は保険事故による損害発生の時から進行を始めるものと解され、本件では消滅時効は既に完成している。

(丙事件)

一  請求原因

1 被告津山市農協は、共済事業等を業とする協同組合である。

2 原告甲野は、平成六年九月九日、被告津山市農協との間に、次の約定で建物更生共済契約を締結した。

(一) 共済の目的 本件建物及び本件建物収容家財家具一式

(二) 共済金額

(1) 本件建物 一〇〇〇万円

(2) 本件建物収容家財 五〇〇万円

(三) 共済責任期間 平成六年九月九日から平成三六年九月八日まで

3 原告甲野は、平成六年一〇月一〇日、本件建物及び本件建物収容家財家具一式を本件火災により焼失した。

4 焼失時の本件建物の価格は一三六一万六〇〇〇円を下らず、本件建物収容家財家具一式の価格は七五五万円を下らない。

5 原告甲山は、平成六年一二月二七日、原告甲野に対し、一五〇〇万円を弁済期平成七年三月三一日、遅延損害金年36.5パーセントの割合とする約定で貸渡した。

6 原告甲山は、平成六年一二月二六日、原告甲野との間で、2項の共済金請求権につき、5項の貸金債権を担保するため、質権設定契約を設定し、被告津山市農協は、同日、右契約を承諾し、原告甲野は、その頃、原告甲山に対し、右共済金の証書を交付した。

7 よって、原告甲山は、質権に基づき、被告津山市農協に対し、右共済金のうち合計一五〇〇万円の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1、2は認める。

2 同3のうち、平成六年一〇月一〇日本件火災が発生したことは認めるが、その余の事実は知らない。

3 同4、5は知らない。

4 同6は認める。但し、被告津山市農協は、原告甲山に対し、「ただし、平成六年一〇月一〇日発生のこの契約にかかる火災原因、損害状況を目下調査中につき、当組合の共済金の支払いの義務の有無は、調査完了後に決定されますので場合によっては共済金が支払われないことがあることを予め申し添えます。この旨ご承知おき下さい。」と告知し説明している。

三  抗弁(択一的主張)

1 消滅時効の抗弁

本件火災発生の日から起算して二年が経過した(被告津山市農協と原告甲野との間の建物更生共済契約の約款二六条(ア)、商法六六三条)。

被告津山市農協は右消滅時効を援用する。

2 免責の抗弁

(一) 約款の規定

被告津山市農協と原告甲野との間の建物更生共済契約の約款二三条には、前記甲事件抗弁1と同旨の規定がある。

(二) 原告甲野の故意若しくは重大な過失

前記甲事件の抗弁2(一)ないし(五)と同じ。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1は認める。

2(一) 抗弁2(一)は認める。

(二) 抗弁2(二)の免責主張は争う。

五  再抗弁(抗弁1に対し、債務の承認)

被告津山市農協は、請求原因6項で述べたように、平成六年一二月二六日、原告甲野が原告甲山のために本件共済金請求権について質権を設定することを承諾した。

第三債務者のする質権設定の承諾(民法三六四条一項)は、債権につき質権設定の事実の認識を表示する、いわゆる観念の通知であり、債権の存在を知悉しているという事実の認識の表示すなわち時効中断事由としての債務の承認(民法一四七条三号)の趣旨を内包している。

したがって、被告津山市農協主張の時効は中断している。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実は否認する。

保険金又は共済金請求権に対する質権設定に際しての保険者の異議なき承諾に関しては、民法四六八条一項等に関連して争いがあり、被告津山市農協はその点に特に留意して原告甲田に対応してきた。

被告津山市農協は、当初から本件火災がモラルリスク事案に当たるものと判断しており、その点で原告甲山に対しても、同原告主張の質権設定の承諾に際し、前記したように共済金が支払われないことがある旨告知説明し、平成七年四月一五日到達の内容証明郵便で本件共済金は裁判で敗訴しない限り支払えない旨通知し、同年六月六日には、被告東京海上訴訟代理人宮崎健一が原告甲野の代理人弁護士佐々木斉に対し、平成八年五月三一日には、被告三名の訴訟代理人和田朝治が原告甲山本人に対し、それぞれその旨説明している。

第三  証拠関係

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  甲事件について

一  請求原因1ないし3は当事者間に争いがない。

二  そこで、被告岡山県農業共済連の免責の抗弁について判断する。

1(一)  本件火災の発生原因及び状況について

(1) 証拠(甲ア第三号証、乙第七号証、第二四号証、第二六号証、証人梶谷広行)に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

本件建物は木造瓦葺平家建居宅である。

本件火災は、平成六年一〇月一〇日二一時二五分津山圏域消防組合消防本部によって覚知されているが、本件火災直後同消防本部が津山警察署と合同で行った調査において、建物外部の状態は、西側半分の焼燬が強く、西側から東側へ延焼したものと推測されたが、落下物を除去しながら建物内部を順次見分した結果、焼燬状況から最初の火災原因に結びつく顕著な特徴は発見できず、結局、出火場所及び出火原因は特定できなかった。

原告甲野は、火災当夜、同消防本部の調査担当者に対し、当夜午後七時半頃外出する前に仏壇にローソク四本を立てたので、これが出火原因の一つではないかと述べたが、右調査担当者は、建物内の調査結果によれば、仏壇はほぼ原形をとどめており、過去の経験からすると、仏壇が出火場所とすれば、その下の床部分の焼燬状況が相当激しいはずであるが、現場ではその部分に全然損傷がないことに疑問を抱いた旨述べている。

その後、津山警察署は、数か月間にわたり本件火災現場にロープを張って立入禁止とし捜査を続けたが、出火場所や出火原因を特定することはできず、当裁判所の調査嘱託についても、引き続き出火原因等について継続捜査中である旨回答している。また、右調査に当たった証人梶谷広行も、津山市消防本部は本件火災について実況見分調書や火災原因の判定書を未だ作成していない旨証言している。

(2) 右認定の事実によれば、本件火災は不審火というべきものであり、警察や消防署は、現段階でもその原因を解明できない状況にあるが、出火場所は本件建物の内部と考えられ、後記のとおり、原告甲野本人も、損害保険調査会社株式会社特調の調査担当者に対し、本件建物の施錠について完全に確認したか否か記憶がない旨述べる一方で、他人から恨みをかうようなこともしていないので、誰かが私方の家へ火を放つようなことも考えられないと述べ、第三者が本件建物に侵入した形跡も窺えないのであるし、また、仮にそのような第三者がいたとすれば、後記(六)に認定のとおり、ローソクの火の不始末が本件火災の原因とは考えにくく、前記(一)に認定のとおり、本件火災の出火原因が未だ判明していないことに照らすと、揮発性の物質のような後に痕跡を止めない助燃剤を用いるなど相当に手のこんだ方法が用いられたものと推測されるが、本件建物には原告甲野がその家族とともに暮らしていたもので、夜間その全員が留守になる機会はそうそうあるものではなく、原告甲野の外出後本件建物内に誰もいなくなったということを知ることは相当困難を伴うものと認められ、外部から侵入した第三者には、原告甲野方の家人の帰宅時間を知ることは通常できず、発見されるかも知れないという危険を冒してまでそのような手のこんだ方法を用いるものとは考えられないから、第三者による放火の可能性は低いものといわざるを得ない。そして、本件火災後の厳重な現場保存状況に照らして考えると、警察としても、原告甲野によるものを含め、内部の者による放火の犯行の嫌疑を相当程度に抱いてはいるものの、具体的な放火方法が判明しないため断定できず、右のような処理に終わっているものと推測される。

(二)  原告甲野の仕事関係及び経済状態等について

(1) 原告甲野の説明

証拠(乙第二五号証、証人江見治佐)によれば、原告甲野は、損害保険調査会社株式会社特調の調査担当者に対し、仕事関係について、「二〇年位前から『丸石工芸』という屋号で美術工芸品販売を行っており、主な取引先は津山市のタオキ木工、備前の唐変木、津山市の山本名木等があり、これらの取引先から現金にて仕入れ、顧客に販売している。仕入れ商品については、座卓・茶タンス、置物等であり、これらの商品は比較的安価(三〇万円位まで)な物で、顧客は、川上郡備中町、小田郡美星町、岡山市足守、和気郡吉永町、鳥取県内等で、農協の退職者や土建業の社長、趣味の持ち主を対象に一度買ってもらったら、他の商品を買ってもらったり、他の顧客を紹介してもらったりで、細々と商いをしている状況下にある。商品を仕入れる倉庫等は所有しておらず、自己所有のトラックで商品を現金で購入し、顧客のところまで運搬する販売方法である。商品買付けは現金で、手形・小切手等は使用したことがない。美術工芸品販売をする以前は、土建業に携わっており、建設機械のオペレーターとして勤務していたこともある。」旨、経済状態等について、「資産としては罹災した建物とその敷地、他に田んぼ一反を所有しており、米四俵位は耕作している。年商については、美術工芸品を販売し、年一〇〇〜二〇〇万円位の収入があるも、税務申告はしていない。妻については、過去においてスナックを経営していたが倒産し、その後自宅近くの下着縫製工場へパートとして勤務していたが、リストラの為、退職し、現在は無職である事から収入はない。負債については、約一五〇万円位があるだけで、他にはない。この負債の約一五〇万円については、妻の親戚関係にあたる久米郡久米町○○(六一才)から借入しているが、他からの負債はない。」旨それぞれ説明している。

しかし、右の事実に後記(2)②の原告甲野の手形の振出状況及び同原告の預金口座への振込入金状況も併せ考えると、原告甲野の具体的な業務内容は必ずしも判然とせず、少なくとも負債の数額については、後記認定事実に照らし、同原告の前記担当者に対する説明内容は虚偽と断ぜざるを得ないし、その業態に鑑みると、同原告に後記(2)に認定の負債を返済するに足りる程の安定した収入があったかも誠に疑問といわざるを得ない。

(2) 本件火災当時の原告甲野の債務の状況

証拠(乙第六号証ないし第八号証、第一一号証、第二一号証、第二二号証、第二五号証、第三二号証の1・2、第三三号証、第三四号証の1ないし3、第三五号証、第三六号証)によれば、次の事実が認められる。

① 原告甲野は、平成元年にも火災で罹災しているが、その後、津山市に対し、住宅新築資金全体の見積額一五六二万円として資金貸付を申込み、六二〇万円を借り入れたが、平成三年七月から毎月の償還額二万九三三〇円が未払いとなっており、平成四年八月七日以降は一切支払をしておらず、本件火災当時の残存負債額(元金残高及び未収利息)は六三〇万九五五〇円であった。

② 原告甲野の取引金融機関である津山信用金庫二宮支店における取引明細表の写し(乙第二一号証)を見ると、後記③にも見られるように、原告甲野が平成六年当時度々手形を振出していることが分かる。また、右取引表写しによると、原告甲野の預金口座にスギモトコウジ、ササキヤスオ、コウヤマジロウ(原告甲山次郎)、ミズスギスギオ、ヤマモトキヨミ(山本清美)、イシモトユウゾウ、タニムラテイジ、キシモトミツハル(岸本光晴)から振込入金があるが、これらの者と原告甲野との間に美術工芸品販売取引があったとは認められない。また、右の者らのうち、山本清美及び岸本光晴には火災歴がある。

③ 損害保険調査会社株式会社特調の調査担当者が津山信用金庫二宮支店から原告甲野の当座元帳写し及び手形・小切手交付一覧表を入手して調査したところによれば、原告甲野の平成六年度の手形・小切手月別決済状況は左記のとおりであり、同年九月末日現在の同支店における当座預金残高は僅かであり、平成六年一一月二四日に第一回の手形不渡りを、同年一二月二一日に第二回目の手形不渡りを出している。

月別 約束手形枚数  決済金額

小切手枚数  決済金額

一月   五枚  二三七万八二〇〇円   〇枚 〇円

二月   七枚  三二二万八二〇〇円   八枚 一〇八万五〇〇〇円

三月   八枚  三六九万三二〇〇円   四枚 六一万〇〇〇〇円

四月   七枚  三六七万八二〇〇円   三枚 六五万〇〇〇〇円

五月   六枚  二一七万八二〇〇円   三枚 二〇万〇〇〇〇円

六月  一四枚  八〇二万八二〇〇円   七枚 一五六万〇〇〇〇円

七月   七枚  三六七万八二〇〇円   七枚 一〇〇万〇〇〇〇円

八月  一六枚  八一二万八二〇〇円   三枚 五五万〇〇〇〇円

九月  一九枚 一三二七万八二〇〇円   三枚 六七万五〇〇〇円

一〇月  一七枚 八六二万八二〇〇円   〇枚 〇円

一一月  一一枚 一一〇二万八二〇〇円   三枚 二一四万五〇〇〇円

一二月   五枚 三〇〇万〇〇〇〇円   一枚 七〇万〇〇〇〇円

④ 原告甲野は、昭和六二年一月一〇日、中国銀行から四〇〇万円を借り入れ、昭和六三年一二月二六日、岡山県信用保証協会が代位弁済した元本三八一万八七〇九円及びこれに対する年14.6パーセントの割合による遅延損害金債務が延滞となり、本件火災当時もそのまま残存していた。

⑤ 原告甲野は、平成四年四月四日、岡山地方裁判所で平成三年六月二日に発生した原口淳二に対する傷害致死被告事件について懲役二年六月、執行猶予三年の判決を受け、右事件に関連して、平成五年一一月五日、岡山地方裁判所津山支部で、共犯者乙田太郎とともに連帯して原口淳二の遺族に対し各一六一八万一七九七円(合計三二三六万三五九四円)を支払えとの判決を受け、右判決は同月二五日確定した。

⑥ 原告甲野は、本件火災当時、岡山県信用保証協会に対し九〇六万七九二六円の負債があったほか、消費者金融業者であるアコム株式会社津山支店に対し三九万一七九〇円、株式会社マルフク津山営業所に対し一八万円、モハン信販に対し二万三四〇〇円、日本信販株式会社に対し二八万円の負債があり、原告甲野の妻ふみ子は、岡山県信用保証協会に対し、四一八万四一七五円の負債があった。

⑦ 原告甲野は、本件火災当時左記土地を所有していた。

A 津山市神戸宮後八八三番

宅地 288.07平方メートル

B 同所吉原縄手八八四番二

宅地 165.18平方メートル

C 同所吉原縄手八七九番一

田 101.00平方メートル

D 同所吉原縄手八八〇番一

宅地 57.10平方メートル

E 同所宮後八八三番一

田 86.00平方メートル

AないしEの土地については、いずれも平成元年四月二〇日付で岡山県信用保証協会の仮差押登記がなされている。

A、B、Eの土地については、いずれも平成三年六月七日設定、極度額・二〇〇〇万円、債務者・原告甲野、根抵当権者・○○とする根抵当権設定登記がなされている。

また、本件建物については、平成元年一二月二〇日設定、原因・住宅新築資金貸付、債権額・六二〇万円、債務者・原告甲野、抵当権者・津山市とする抵当権設定登記及び平成三年六月七日設定、極度額・二〇〇〇万円、債務者・原告甲野、根抵当権者・○○とする根抵当権設定登記がなされていた。

(3) 本件火災後の原告甲野の借入状況について

証拠(乙第二五号証、証人江見治佐)によれば、丙事件の原告甲山次郎は、損害保険調査会社株式会社特調の調査担当者に対し、原告甲野には、車両購入による残代金八〇万四三〇〇円の債権を有する他に、事業運営資金として、平成六年一二月一八日、原告甲野が振出人で、額面二八〇万円の約束手形を受領し、同原告に対し二五〇万円を貸し、その二、三日後に前記認定のとおり手形が不渡となった、同月二七日、原告甲野が、「家が火事で焼けており、保険が支払われるまで金を貸してくれ。担保として、支払われる保険金を出す。」と言うので、同原告と一緒に農協へ行き、質権を設定し現金一〇〇万円を貸した、したがって、原告甲野に対しては、合計四三〇万四三〇〇円の債権を有している状況にある旨説明していることが認められる。

(4) 原告甲野及び原告甲田の損害申告状況について

証拠(甲ア第四号証、第五号証、甲イ第三号証、第四号証)によれば、津山圏域消防組合は本件建物の推定損害額を一三六一万六〇〇〇円と認定していること、家財について、原告甲野は八〇七万円を、原告甲田は七五五万円をそれぞれ損害として申告していることが認められる。

(5) 以上の認定事実によれば、原告甲野は、本件火災当時、経済的に相当逼迫していたものと認められ、前記各不動産に十分な担保価値があったとは考えられないし、前記(4)に認定のとおり、原告甲野は、本件建物が全焼すれば、二一六八万円余の共済・保険金を取得できる状況にあったことに照らせば、原告甲野には、故意に本件建物を焼失させて保険金の支払を受けることに関して、十分な経済的動機・目的を持たせる状況があったものと推認することができる。

(三)  本件火災当時の本件建物等に対する共済・保険契約の締結状況について

(1) 証拠(乙第二五号証、証人江見治佐)によれば、右共済・保険契約の、締結状況は次のとおりであったと認められる。

① 平成六年八月二〇日頃

原告甲野が被告津山市農協院庄支所に来所するも、担当職員不在につき、すぐ帰る。

② 同月二六日

原告甲野が同支所に来所し、自動車共済と建物共済保険に加入したい旨言うので、渉外担当の岡田武彦が「組合に加入しなければ加入出来ない。」旨を説明し、建物・動産の火災保険のパンフレットを渡すと帰る。

③ 同月三〇日

原告が保険に加入したい旨言って同支所に来所し、一口五〇〇〇円で一〇口加入し、五万円を支払って準組合員の資格を取得し、自動車共済保険へ加入する。担当者が、建物共済については、農済に加入しているので、パンフレットどおりの加入は出来ない旨説明すると、「契約が出来んのなら、パンフレットなど出すな。」などと大声で言って二時間いたが、後日加入可能な金額を連絡するということで納得して帰った。

渉外担当者が後日原告甲野宅で家財道具を確認しているが、五人家族にしては家財が少ないと感じている。

④ 同年九月二、三日頃

右担当者が電話で加入可能な金額を連絡しようとしたが、原告甲野本人は不在であり、妻ふみ子に金額を伝えた。

⑤ 同月九日、原告甲野が同支所に来所し、「先日の内容で良い。」と言い、三〇年満期支払で建物六万七〇〇〇円、動産三万六〇〇〇円の計一〇万三〇〇〇円の保険料を支払い保険に加入した。その際、原告甲野は、一〇〇万円の札束をちらつかせ、「金は持っている。」と言い、帰り際には、「火事は出さんから心配せんでもええ。」と言った。

(2) 右(1)に認定の事実と前記(二)に認定の事実(原告甲野の仕事関係及び経済状態等)を併せ考えると、原告甲野と被告岡山県農業共済連との間の本件建物共済契約(共済金額三〇〇〇万円)の締結は本件火災の約七か月前であるが、原告甲野は、本件火災の僅か一か月前に、当時経済的に相当行き詰まっていたにもかかわらず、新たに自ら積極的に働きかけて、わざわざ被告津山市農協の準組合員となり、同被告との間に本件建物更生共済契約(共済金額五〇〇万円)を締結しており(丙事件、因みに、原告甲野は後記認定の前回の平成元年八月二七日の火災の際にも、それまでに本件建物について既に被告岡山農業共済連と日本火災海上保険株式会社に共済・保険金額合計三八〇〇万円の共済・保険契約を締結していながら、直前になって新たに被告津山市農協との間に共済契約を追加締結している〔原告甲野の平成九年六月二三日付本人調書一六八項ないし一七六項参照〕。)、さらに、原告甲田本人の供述に弁論の全趣旨を併せ考えると、原告甲野の娘婿であった原告甲田は、当時既に転居が決まり、家財も相当程度移転させていたと窺われるにもかかわらず、原告甲野の契約締結に符合させるかのように、本件火災直前の平成六年九月二七日に被告東京海上との間に本件火災保険契約(保険金額一〇〇〇万円)を締結している(乙事件)のであるが、右原告らによって他人をして納得せしめるような契約締結の動機は何ら具体的に説明されていない。

そして、このように、本件火災前に、短期間に集中的に共済・保険契約を締結した右原告らの行動は、それ自体極めて不自然であり、本件火災が偶発的なものであるとする右原告らの主張と矛盾した、極めて不可解な行動である。

何故ならば、共済・保険契約は、万一の危険発生による経済的な負担の増加に備えることをその目的とするところ、このような危険の発生は、通常予測できない以上、仮に近い将来自らの所有建物等に何らかの危険が発生することが運命的に予定されていたとしても、それへの備えとして、共済・保険契約を多数集中的に締結するといった行動は不可能であり、したがって、そのような行動の合理的理由は説明できないからである。

そうすると、本件火災当時の本件建物等に対する共済・保険契約の締結状況は、はなはだ不自然というほかないし、原告甲野の被告津山市農協との契約締結時の前記言動も、そのような不自然さを隠蔽せんとするものと理解されてもやむを得ないところであろう。

(四)  原告甲野のこれまでの保険金取得歴について

証拠(乙第二五号証、証人江見治佐)によれば、原告甲野は、平成元年八月二七日にも今回とほぼ同様の状況(仏壇のローソクの火の不始末という申告内容)で火災を発生させ、被告岡山県農業共済連から三一五一万二〇〇〇円の、被告津山市農協から三〇〇〇万円の、日本火災海上保険株式会社から一五〇〇万円の各共済・保険金の支払を受けていることが認められる。

被告岡山県農業共済連も主張するように、火災は人生で何度もあるような出来事ではないし、一旦火災を発生させた者は、以後その苦痛や被害からくる恐怖心から火災の発生には注意深くなるはずである。それにもかかわらず、原告甲野が前回の申告内容と同一の原因で本件火災を発生させたとすれば、それ自体誠に不可解なものといわざるを得ない。

(五)  本件火災前後の言動等について

(1) 証拠(乙第二五号証、証人江見治佐)によれば、原告甲野は、平成六年一二月二〇日、被告ら訴訟代理人弁護士事務所から依頼された損害調査会社の担当者に対し次のとおり説明していることが認められる。

① 火災当日の行動等について

午前八時頃

起床

午前九時頃〜午前一一時四〇分頃

妻(ふみ子)と孫(林哲也)の三人で、津山市志戸部に住んでいる三女・恭子の子供(孫)の運動会があり、弥生保育園にて運動会を見る。

昼食時になり、本人だけ帰る。

妻と孫の哲也は保育園に残り、運動会を見る。

午後〇時頃〜午後三時過頃

保育園を出て、津山市院庄地内のくるくる寿司で昼食をとり、その後、よく行く津山市二宮のパチンコ店「ムサシ」に行き、パチンコをし、四〜五〇〇〇円負ける。

午後三時四〇分頃

帰宅すると、妻と孫の哲也は、三女の恭子に送ってもらったらしく帰っており、妻は赤飯や寿司等を料理していた。

寿司については、当日は祭りであり、そのための寿司であり、赤飯については、孫の哲也が通学している院庄小学校でイジメにあい、登校拒否をしたことなどから、西小学校へ転校し、一〇月一一日から転校生として登校するので、その祝いのため、赤飯を作っていた。

午後四時〜午後六時頃

家にいても退屈なことから、再度パチンコ店「ムサシ」へ行き、パチンコをする。

午後六時三〇分頃

帰宅してみると、妻や孫は原告甲田夫婦の住んでいる「寿マンション」へ行き留守中であり、風呂へ入ったりして身支度をする。

午後七時頃

外出する四〜五分前に仏壇ヘローソク(直径親指位)四本を立て、線香二本を半分に折り、線香立てへ立てて拝んでから外出する。

ローソクの火は消した記憶がない。

外出に際し、戸締まりについては玄関戸は締めたが、施錠まではしていない。

午後七時三〇分頃〜午後八時頃

原告甲田夫婦の住んでいる「寿マンション」へ行く途中にある、津山市二宮地内ウエストランド西側のお好み焼「ハウディ」へ寄り、生ビール(中ジョッキ)二杯、ねぎ焼き一枚を飲食する。

このお好み焼店へ立ち寄った理由については、この日は孫の哲也を元気づけるということで、原告甲田宅へ寄ることになっていたが、長女の花子は美容院へ勤めており、帰宅も遅いことから、早く行っても用意をしていないだろうと思い、時間待ちのため、同店に立ち寄った。

午後八時過頃〜午後九時四〇分頃

原告甲田夫婦の住んでいる「寿マンション」にて飲食をし、孫の哲也を元気づけてやる。

午後一〇時頃

妻と一緒に帰宅すると、自宅が火事になっていた。火は殆ど消えていた状態にあった。

② 出火原因について

火事の原因となるのは、仏壇へ立てたローソクの火以外考えられない。

ストーブは台所へ置いていたが、まだ使用していなかったし、その他に火事になるような電気器具等はなかった。

給湯設備は灯油のボイラーであるが、灯油缶等は屋外へ置いており、ここからの出火ではなく、したがって、仏壇のローソクの火を消し忘れ、外出したので、このローソクの火が何かに燃え移り、火事になっているものと思っている。

ローソクが倒れたのか、どのようになったのか、詳しいことは判らないが、実際に火事になったのは事実で、原因はローソクの火以外考えられない。

また、他人から恨みをかうようなこともしていないので、誰かが私方の家へ火を放つようなことも考えられない。

(2) 一方、原告甲野の法廷供述は、①の火災当日の行動等については、曖昧な点があるのみならず、前記(1)の説明から相当変遷している部分も見られる。

また、原告甲野は、法廷供述の中で、②の出火原因に関連して、出火場所について、「そうすると、火事の翌日の初めての現場検証の段階で、出火場所は特定されていたということですか。」との質問に対し、「まあここではないかということで…。」(原告甲野本人の平成九年六月二三日付本人調書一〇六項)、「それが八畳の間で、ちょうど仏壇のあったところなのですね。」との質問に対し、「そうです。」(同一〇七項)とそれぞれ答えている。

しかし、前記(一)に認定のとおり、警察も消防署もその時点で出火場所を特定していないのであるから、右供述の信憑性については疑念を抱かざるを得ない。

また、原告甲野は、出火原因そのものについて、「そうすると警察や消防署の人から出火原因について心当たりはありませんでしたか。」との質問に対し、「聞かれたので、先に述べたように、風呂から上がって、蝋燭を消すもので、上から押さえて、それで出たと思うと言いました。すると、『甲野さん、あなたが消したと思っても、忘れとったのかもわからんな。』と言われたので、『いいえ、そんなことはないと思います。』と言いました。」(同一〇八項)、「出火原因が灯明の火の不始末と疑われることについては、反論するようなことは言ったわけですか。」との質問に対し、「はい。」(同一〇九項)、「はっきり覚えていますか。」との質問に対し、「朝晩することだし、前のこともあるし、気をつけないといけないということで、つけたら消すのは常識なので、消すもので押さえて出たと言いました。」(同一一〇項)、「あなたは調査員に対しては、蝋燭の火は消した記憶がないと言っているのでしょう。」との質問に対し、「そんなことはありません。」(同二〇八項)、「調査員に対しても蝋燭の火は消したと言ったのですか。」との質問に対し、「はい。私は『消してでたんです。』と言ったのですが、『甲野さん忘れとったんじゃないか。』と言うので、そこのところは『分からん。』と言いました。」(同二〇九項)、「調査員が『忘れとったんじゃないか。』と言ったのですか。」との質問に対し、「はい。調査員も警察も『忘れとったんじゃないか。』と言うので、私は『火のことだから、つけたら消さんといかんのは、常識だから、僕は消したつもりでいるんです。』と言いました。」(同二一〇項)とそれぞれ答えている。

(3) このように、原告甲野の本件火災直後の言動からは、原告甲野がローソクの火の不始末により本件火災が発生したものであることを殊更印象づけようとしているものと認められるが、外出する直前にわざわざローソクに点火するということ自体誠に不自然であるし、後記(六)で検討するように、本件火災は、原告甲野のローソクの火の不始末以外に原因があるものと推認されることと対比すると、原告甲野の言動は多分に不可解といわざるを得ない。

そして、原告甲野は、法廷では今度は一転して、右のように、当初からローソクの火を消した旨、警察、消防署及び損害調査会社の担当者に対し、ローソクの火を消したと明確に説明したかのように供述するのであるが、右の者らの述べるところは、原告甲野がローソクの火を消し忘れたと述べたという点で完全に一致しているのであって、原告甲野の法廷供述との間にかくも大きな齟齬が生じた原因は、原告甲野の単なる勘違いや記憶違い等では到底説明がつかず、もし原告甲野の法廷供述が真実を述べたものとすれば、原告甲野が本件火災直後に意図的に虚偽の説明をしたものといわざるを得ない。

このように考えてくると、結局、以上のような火災当日の行動等や火災原因に関する原告甲野の供述の変遷については、そのような変遷が生じた原因として原告甲野が述べるところはいずれも合理的なものとはいえず、むしろ、被告らから問題点の指摘を受けた原告甲野が、本件各共済・保険契約による共済・保険金の請求に支障がないようにそのたびごとに辻褄を合わせていったものと考えるのが相当である。

(六)  ローソクによる出火の可能性について

(1) 乙第五五号証によれば、損害保険調査会社株式会社特調の社員が行ったローソクの出火の可能性に関する実験結果は次のとおりであることが認められる。

① 実験1(炎の大きさと温度変化)

使用されたローソクはごく一般的に使用されている三号ローソクである。メーカー標示の燃焼時間は一二〇分であったが、実験では一四〇分を要した。焼失速度は一二〇分〜一四〇分として、平均分速1.0㎜〜1.2㎜となる。炎の温度は先端で五七六℃、中央部で六三六℃、下部で三二二℃であった。一般的な木材への発火点は四二〇〜四七〇℃であることから、ローソクの炎は充分発火点に達する温度を有することになる。

② 実験2ローソク継ぎ足し(鶴亀燭台)

ローソクが焼失した直後に、新しいローソクを継ぎ足した場合、燭台の余熱でローソク下部が溶け、落下する可能性について実験した。

新しいローソクに着火して約一四〇分で完全に焼失、燭台の芯の温度五九℃で、次のローソクを継ぎ足したところ、燭台の余熱で一一度まで傾斜したところで固定(燭台を振っても落ちない程度)され落下しなかった。

念のため前日にも試験したが同結果であった。

この実験では、ローソクが完全燃失する直前に継ぎ足しを行っているが、通常の場合は継ぎ足しのタイミングが実験より遅くなり、燭台の余熱は今回より下がるはずであるため、ローソクの傾きはこれ以上増すことはあり得ない。

③ 実験3ローソク継ぎ足し(背短燭台)

ローソク着火から約一二〇分迄は、燭台の温度変化はほとんど無いことから、途中迄使用した短いローソクを用いて実験した。

燭台温度は67.5度(鶴亀より8.5度高い)までしか上昇せず、継ぎ足しても僅か七度傾いたにとどまり、落下することはなかった。

④ 実験4ローソク斜め差し

ローソクを通常短く差せる最大角度四八度で両燭台を固定し、着火後の変化を実験したが、一時間経過してもローソクは短くなるのみで安定しており、全く傾きに変化は見られず、落下することはなかった(前日も最後まで灯したが落下しなかった)。

⑤ 実験5ローソク落下実験

燭台上から故意にローソクを落下させ、炎が消えるか否かの実験を三回行ったところ、一回のみ落下しても炎は残って燃えていた。

これは落下時にローソクは先端から落ちるが、先端の芯が床に衝突してバウンドした際芯が曲がり、この曲がりが上に向いた時にローソクの炎が残る場合がある。

⑥ 実験6燭台転倒加重

燭台にローソクを立てた状態で滑車を介して重さを計測したところ、鶴亀燭台の場合、燭台上部正面方向六〇g、側面方向六〇g、燭台中央部正面方向九五gの加重で転倒した。従って、仏壇に置いた状態では、左右方向より前後に倒れやすいことになる。一方背短燭台の場合は上部で三二g、中央部では四五gの加重で転倒したが、いずれの場合も故意に力を加えないと転倒はしない(軽量皿一五g含)。

⑦ 実験7灯火燭台転倒実験

鶴亀燭台に新しいローソクを着火し転倒させた場合、倒れ出して傾斜22.5度(ビデオ静止画で計測)から炎は消え始め、四五度傾いた段階で遠心力の風圧により炎は消えた。

同様に背短燭台を倒したところ、四五度で消え始め67.5度で消えた。

これにより、燭台ごと転倒した場合も、ローソクの炎は完全に倒れきる前に消えることが判った。

このことから鶴亀四五度以内、背短67.5度以内で何かにもたれ掛かった場合は炎が残る可能性がある。

⑧ 実験8可燃物への引火実験

イ 打敷への引火(底部)

打敷の折平面部分(白色)にローソクを落下させたところ、前述の実験5及び7のとおり炎が消えるため、低い位置から落下させると厚手の布地のため消えにくい。

一度目は炎が残った状態で落下し、ローソクの芯が真横の状態で蝋が溶けて炎が灯いたまま直接布地に引火することなく蝋の気化炎のみが続いた。

しかし、二度目はローソクの芯が下向きで直接布地に接したため、落下して約二五秒で炎が大きくなり始め、溶けだした蝋全体が炎となり、一分後には炎が一〇㎝以上に達したため、消化して中断した。

このことから、ローソクを横に倒した状態で芯が直接布面に触れない状態で打敷の上に放置した場合、約一時間後(垂直より焼失が早い)にローソクの根元の蝋が溶け、芯が布面に接した段階で着火する可能性が考えられる。

また、芯を直接布面に接した状態で着火すると、数分間で打敷に蝋が広がりまたたく間に炎が広がることが判った。

しかし、いずれの炎も仏壇の本体に着火するか否かは、本体を用いての実験を行わないと今の段階では判らないが、紙屑と違い蝋を含んだ布地の炎が一定期間燃焼し続ければ本体への引火はありうると思料される。

ロ 打敷への引火(側面)

打敷は前卓と呼ばれる燭台、香炉、花瓶を置く須弥檀上の机にかけるもので、この上部(本尊の前)に上卓(香炉、華瓶、蝋燭立)があればこれにもかけるのが正式とされている。上卓の蝋燭立てには前卓に燭台がある限り、朱色の木蝋を立て火をともすことはない。打敷は平日にかけるものでなく、法要や正月、盆等の行事のある場合しかかけないものである。

本件で原告甲野が「祭りなのでローソクは四本灯した。」と言っているのは、この意味のことだと思われる。

a 卓上のローソクが上部の上卓にかけられた打敷の下部に引火する可能性があること。

b 前卓上に打敷をかけた五具足を配し、下段にも燭台を置いた場合も打敷に下段のローソクの火が引火する可能性があることから実験を行った。

実験はローソクと打敷との間隔を五㎝空けて着火した打敷は何の変化もなく引火しなかったため、間隔を三㎝にするも打敷の表面をやや焦がす程度に留まったため、一㎝まで近づけたところ、約一分程で内敷に引火し炎が上がった。

このことから、打敷の側面への引火は一㎝以内に近づけないと引火しないことが判った。

ハ お供物からの引火

お供物は通常供笥と呼ばれる八角形又は六角形の台を用いるが、供笥の代用として広く使われている高坏を用いて実験を行った。

真宗西の場合は菓子や果物をお供えするが、本件で問題となる真宗東の場合は華束といって小餅だけをお供えするのが正式であるが、現実には手近な菓子をお供えすることも多い。

長径一三〇㎜、高さ六五㎜の高坏に一四五㎜×一七五㎜の半紙を敷き、四〇㎜角の和菓子を置いた状態で仏壇の端材に引火するかどうかを実験した。

ローソクの火と高坏からはみ出た半紙(二二㎜)との間隔を五㎝、三㎝、二㎝、一㎝と近づけて行ったが引火しなかったため、五㎜まで近づけると一気に半紙に着火、高坏上で半紙と和菓子の包装紙が燃え上がるも半紙の着火から一分一八秒で鎮火し、火粉が落下することもなく、端材にも全く引火する状況は見られなかった。

次に端材と半紙が接触する位置まで近づけ、高坏上にローソクを落下させたところ、半紙の火が端材に引火、小さな火豆が出き、上部に向かって炎を発するも一分程で鎮火した。この間炎が目視できた時間はわずか二〇秒程度であった。

端材は木部の表面の塗色膜のみが焼失し、焼跡には白い木肌が見えていた。

これは金塗料の下地に塗られたポリエステル塗料が燃えたのみにとどまっており、半紙の火炎が接する時間が一八秒足らずしかなかったためで、木部に引火させるには、数分間の炎が持続する加焼物を要する。

以上から、お供物からの仏壇への引火はまず考えられない。

ニ 供花からの引火

仏壇で最も基本となる仏具は燭台、花瓶、香炉の三具足であり、本尊を三具足で飾ればそれで仏壇となる。

通常は前卓上に香炉を中心に右に燭台、左に花瓶を配すが、法要の時は、五具足として香炉を中心に左右に燭台、その両端に花瓶を配すことから、ローソクの火が花瓶の枯れた花に引火するか否かの実験を行った。

花は水を切った状態で二週間及び三週間乾燥させた物を準備したが、前日の試験では二週間では充分に乾燥しておらず全く引火しなかったため、三週間乾燥させた方の花を使用した。

まず、花瓶側面にローソクを立てて実験したところ、ローソクの炎はすぐ枯葉に引火し、火は上部に向かって燃えて行き、仏壇端材表面をわずかに焦がしただけで、約一分で自然鎮火した。

次に火のついたローソクを枯葉の中央に落下させたところ、すぐには引火せずしばらくローソクの火だけが燃えていたが、約四分後に炎が上がり三〇秒程ローソクの火の付近が燃えたが、再びローソクの火のみとなり、三〇秒後ローソクが花瓶から落下したと同時に炎が上がったが、すぐに弱まり、一旦鎮火した様に見えたが、その後小さな炎が出たが、すぐに豆火となり、しばらく燻るもローソクが落下してから、約一六分後に端材に達することなく自然鎮火した。

可燃物としては、よほど(一か月以上)乾燥させておかないと、供花から仏壇本体への引火は考えられない。

ホ お札からの引火

真宗では、お札、故人の写真、位牌は仏壇の中に入れてはならないとされている。

しかしながら、お参りのお札を仏壇の中に立て掛けて置く人もいるところから、お札からの引火実験を行った。

ローソクを転倒させ、お札の下方に着火、ゆっくり引火しお札に完全に火が移ると、上方に向けて一気に炎が上がり、一分一五秒後に仏壇端材に引火、約四〇秒間燃えたが、端材の表面塗装を燃焼したにとどまり、木部までは引火せず自然鎮火した。

端材に完全引火させるには、一定時間の火豆が必要であるが、お札は紙製であるため、燃焼時間が短く、まずお札のみによる仏壇への引火はありえない。

⑨ 実験9仏壇端材への引火(上部)

ローソクの炎を仏壇端材に近づけ、引火するまでの限界距離と温度変化、部材の燃焼変化を上部と側部に分けて計測した。

イ 炎の先端を端材の中央部から三㎝下方に離して着火したが、多少白煙が出るものの、端材表面の炎が燻り、木部を焦がしたが、引火には至らなかった。

ロ ローソクの炎の先端を端材の角近くから一㎝下方に配して着火したところ、一五秒で端材の塗装面から炎を発し、端材の角へ炎が移り、約二分三〇秒で炎は消え、端材に完全に引火することはなかった。この炎は下部で熱せられた塗料のポリエステルが気化し、端材の角で炎となっていたのではないかと思われる。

ハ ローソクの炎の中間部が端材の角に直接当たる位置に配し着火したところ、一〇秒で端材の塗料が燃え出し、ロと同様に炎は約二分三〇秒で消え、塗料が燃焼したのみで、端材には引火せず、炭化状態となった。この結果、下方からのローソクの炎は短くなることから燃焼時間が短くなり、仏壇本体への引火の可能性は低いと思われる。

⑩ 実験10仏壇材への引火(側面)

仏壇端材の側面からの引火距離限界点を確認するため、端材を縦に置き、まず二㎝離してローソクに着火したが、端材には何の変化もなく、引火することはなかった。

次にこの端材に直接ローソクの炎を当てると、少なくとも塗料に引火し始め、着火から五〇秒後には炎が上に向かって延び出し、このまま一気に上部へ燃え上がるものと思われたが、意外にも一分二〇秒後には炎はなくなり、ローソクの炎が端材に掛かった状態が続くのみで、再び炎を出すことなく約一〇分経過したが、特に変化は見られなかった。

このことから、仏壇側面に直接ローソクの炎が当たっても、炎は上に延びていくことなく、一部を燃焼するのみで引火に至らないことが判った。

⑪ 実験11仏壇端材から宮殿への引火

前項の実験結果により、縦上方向に火が走らないことから、端材の塗料が燃焼する炎が届く位置に宮殿を置き、引火の様子を観察した。

ローソクに着火後、一五秒程で端材の塗料に引火、三〇秒後には炎は宮殿に達し、四五秒後には宮殿下方に引火した。

その後炎は真上に向かって延びて行き、三分後には宮殿の上部から炎が立ち上がる状態になり、この時点で仏壇の本体上蓋の内側に引火し始める状況と思われた。

四分経過してやや火は横に広がり始めたが、屋内実験のため、四分で強制消火した。

ここで用いた宮殿は、数十年経過した古い仏壇から取り外した部材であり、表面の金塗装がほとんど剥がれ落ちる程老朽化していることから、本件と直接対比にはならないものの、引火の状況から今回の実験の中では、宮殿が一番引火の可能性の高い箇所であると思料された。

⑫ 実験12仏壇本体部材への引火

当該仏壇と同素材の部材(褐色部分)を用いて、ローソク落下及び垂直に立てた場合の部材への引火実験を行った。

本体部材は合板の上に、パテを何層にも塗り重ね、仕上げにポリウレタン塗装を吹き付けている。

この部材に落ちたローソクは何度着火しても、部材に引火することなく途中で自然消火し、また、垂直に立てた場合でも、表面の塗色を焦がしたにとどまり、いずれも引火する可能性は全く見られなかった。

寝かした場合のローソクの焼失速度は立てた場合の一㎜/分より早く、約五〜六㎜/分で焼失した。

消火の原因はいずれも芯が溶けた蝋により空気を遮断され酸欠により燃焼できずに消火している。

一方、ローソクの中にある芯の向きによっては異なる現象が判った。

つまり、ローソクには燭台に立てる穴が底部にあけられているが、芯はこの穴に沿って付いており、横に倒した状態の場合この芯についている側を下に向けた時より、上に向けた時の方が消えるまでに燃焼時間が長く持続する。

これは、自然消火の際溶けた蝋と芯とのクリアランスの関係が係わっており、芯が下の場合、早く芯が蝋に触れることにより、酸素が遮断され消火してしまうものである。

但し、燭台に立てる穴の長さにバラツキがあり、今回使用した二〇本入三号ローソクの内一〇本を調べたところ、ローソク底部から穴の長さが2.5㎜〜7.0㎜とかなり違いがあった。

さらに、垂直に立てた場合ローソクの周りには何もなければ、芯が蝋に触れ自然消火してしまうが、側面に可燃物がある場合、芯の向きを変えることにより、火豆とすることが可能である。

(2) ところで、ローソクが落下転倒する場合としては、①振動により燭台ごと転倒する場合、②交換したときの余熱でローソクの底部が溶ける場合、③差し込むときにローソクに亀裂が発生し、この亀裂によって時間の経過とともにローソクが倒れる場合の三つの場合が想定されるけれども(乙第五四号証、火災調査技術教本二巻一六三頁以下)、①については本件で地震、大型車両の通行、地盤の軟弱、動物の悪戯等の振動の原因は何ら確認されておらず、②についても原告甲野は交換を否定しているのであるから、残るのは③のローソクの亀裂ということになる。

しかし、そのように差し込むときにローソクに亀裂が発生し、この亀裂によって時間の経過とともに仏壇内部で倒れたと仮定しても、前記各実験結果を総合して考えると、自然落下したローソクの炎は結果的に立ち消えてしまうか、仏壇本体に引火しても炎上したり、打敷、供物、供花、御札等の仏壇内の物品を介して仏壇本体に引火し炎上する可能性は、実際上は極めて乏しいものと推認されるし、ローソクが倒れるのはそれ自体未だ相当程度の重量がある点火後短時間の段階と考えられるが、外出時刻に関する原告甲野の供述を前提とするとしても、前記(一)に認定のように消防署が本件火災を覚知した当日午後九時二五分まで九〇分程度の長時間を要しているのは極めて不可解というほかはない。

そして、焼け残った仏壇本体の写真(乙第二六号証)を見ると、梶谷証人も疑問を提起しているように、須弥檀等の水平箇所よりも上部が著しく焼燬しているのであって、この点から考えても、転倒したローソクの炎により仏壇本体が炎上したとみるのは、これまた極めて不可解である。

そうすると、本件において、ローソクによる出火の可能性は乏しいものといわざるを得ず、むしろ、右仏壇本体全体の焼燬状況に照らすと、揮発性の物質のような後に痕跡を止めない助燃剤を用いるなどの作為がほどこされた蓋然性が高いものと推認することができる。

2 右認定の各事実を総合すれば、本件火災は、その具体的態様は不明であるが、原告甲野の関与のもとに、その意向に基ついて発生したものと推認するのが相当であり、右推認を覆すに足りる証拠は存在しない。

したがって、本件は、本件約款二条にいう保険契約者の故意により損害が生じた場合に該当し、被告岡山県農業共済連は、同条により、原告甲野に対し共済金の支払を拒絶することができるというべきである。

そうすると、原告甲野の被告岡山県農業共済連に対する甲事件の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却すべきものである。

第二  乙事件について

一  請求原因1、2及び同3のうち、平成六年一〇月一〇日本件火災が発生したことは当事者間に争いがない。

二  そこで、被告東京海上の消滅時効の抗弁について判断する。

1  抗弁1の事実は当事者間に争いがない。

2  時効中断の再抗弁について検討するに、原告甲田は、被告東京海上から、本件建物火災の原因、損害状況を目下調査中につき、保険金支払義務の有無は、調査完了後に決定される旨告知されていたが、右告知は時効中断事由としての債務の承認(民法一四七条三号)に該当する旨主張し、右告知のなされたことは当事者間に争いがないけれども、原告甲田が約款所定の保険金請求手続をしたことを認めるに足る証拠はない。

ところで、損害保険契約により保険金の支払を請求する者は、保険者の負担した危険の発生を保険者に通知するとともに、その被った損害が保険者の負担した危険の発生によるものであること及びその損害額を明らかにするために、保険者の要求する約款所定の書類を提出して保険金の支払を請求し、保険者はその請求のあった日から約款所定の期間を経過した後に保険金を支払う、というのが通常保険約款に定められているところであるが、右の手続は、損害保険契約において被保険事故発生に伴い生ずる損害填補のため保険者の支払う保険金は、当事者の主観的立場においてはともかく、客観的にはそれのもつ損害填補という目的からみて、その額は損害発生時のそれにより、損害発生と同時に支払わねばならないものであるのに拘らず、他方その額の算定については、実際に生じた損害額及び約定保険金額の範囲内においてしかも約定保険金額との割合をも考慮して定めなければならないという要請のあるところから、その額の算定を、現実の保険金支払請求を端緒とし約款所定の手続に従った当事者間の事後的協議に委ねたものにすぎないとみるのが相当であり、請求後約款所定の期間を経過した後に支払うという条項も、前述の本来的履行期を、現実に約款所定の方式に従った保険金支払請求のあったときはこの時から一定の期間だけ延期するということを、あらかじめ定めたものであると解すべきであるから、全く保険金支払請求のない場合及び約款所定の方式に従ったそれのない場合には、損害保険契約による損害発生の時から進行を始めると解するのが相当である。

3  そうすると、原告甲田の被告東京海上に対する保険金請求権は時効消滅したものというべきである。

三  証拠(乙第一四号証)によれば、被告住宅総合保険普通保険約款第二条は、「当会社は、次に掲げる事由によって生じた損害または傷害に対しては、保険金(損害保険金、持ち出し家財保険金、水害保険金、臨時費用保険金、残存物取片づけ費用保険金、失火見舞費用保険金、傷害費用保険金または地震火災費用保険金をいいます。以下同様とします。)を支払いません。(1) 保険契約者、被保険者またはこれらの者の法定代理人(保険契約者または被保険者が法人であるときは、その理事、取締役または法人の業務を執行するその他の機関)の故意もしくは重大な過失または法令違反」と規定していることが認められ、右規定は、保険契約者または被保険者の家族、親族、配偶者、代理人、法人の機関などが保険事故を招致する場合は、実際には被保険者または保険契約者を利得せしめようとする動機が伏在する場合が多く、しかも、保険者がこのような動機の存在を立証することは甚だ困難であるので、この立証の困難に対処するため、立証責任を転換するという政策的見地において、かかる特殊の関係にある第三者の事故招致については、保険者を一応免責せしめる趣旨の規定と解するのが相当である。

これを本件についてみるに、証拠(乙第四三号証ないし第四八号証、原告甲田本人、原告甲野本人)によれば、原告甲田は、平成六年六月一日、原告甲野の長女甲野花子と婚姻届出を了し、本件火災後平成八年四月一日、同女と協議離婚届出を提出しているが、本件火災の数日前まで本件建物で本件甲野夫婦と同居していたものであり、本件火災後も平成九年三月まで同居を続けていたことが認められ、原告甲田本人は、その後も花子の協力を得て、現住所である岡山県津山市総社の公営住宅を借りて居住している旨説明している。

原告甲田本人は、花子とは夫婦仲が悪く、本件火災前から離婚を考えていた、原告甲野と年齢差があまりなく、仲も悪かった旨供述するが、右供述は、右認定事実に照らし、にわかに信用することができない。

そうすると、右に認定の原告甲田と原告甲野の関係に原告甲野の保険事故(本件火災)招致状況も併せ考えると、原告甲野は、原告甲田との関係でも事実上危険管理者たる地位にあったものと認められる。

したがって、被告東京海上は、前記約款第二条によっても、保険金の支払を拒絶することができる。

四  以上によれば、原告甲田の乙事件の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

第三  丙事件について

一  請求原因1、2及び同3のうち、平成六年一〇月一〇日本件火災が発生したことは当事者間に争いがない。

二  被告津山市農協と原告甲野との間の建物更生共済契約の約款二三条に甲事件抗弁1と同旨の規定があることは当事者間に争いがない。

ところで、損害共済・保険における共済・保険金請求権なるものは共済・保険者の免責事由とされない共済・保険事故によって被共済・保険者に損害が発生したときにはじめて権利として具体化するものであって、それまでは言わば停止条件付権利であり、その条件付権利も共済・保険期間中に保険事故によって共済・保険目的が滅失しその共済・保険事故が共済・保険者の免責事由によって発生したものであるときはこれにより条件不成就に確定し消滅するものである。元々そうした権利である共済・保険金請求権の上に被共済・保険者が設定した質権についての第三債務者の承諾は、わざわざ、免責事由が存在すれば共済・保険金を支払わない旨を明言しなくても、当然そのことを前提としているものである。たとえ、共済・保険事故は既に発生しており、その事実を共済・保険者が知っていて承諾したとしても同様である。したがって、共済・保険者は、質権設定に異議を止めずに承諾を与えても、発生した共済・保険事故に免責事由があれば、これを主張することができ、その抗弁は質権者に対抗できるものである。

これを本件についてみるに、甲事件について判断したところによれば、被告津山市農協は本件火災につき前記約款二三条所定の免責事由があるものと認めるのが相当であり、同被告はこれを本件の建物更生共済金につき質権を有する旨主張する原告甲山に対しても対抗できるものと解される。

三  以上によれば、原告甲山の丙事件の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

第四  結論

以上の次第で、原告らの本訴請求(甲・乙・丙事件請求)はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官小澤一郎)

別紙物件目録<省略>

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